kiss me 3
大切なものを壊さないように？
そんな心配いらないじゃないか
俺の大切なもの、は。
最初から壊れている。
「いっ、あ、は・・・・・」
きつすぎるその場所に、半ば無理やり押し入って、シンはひどく後悔していた。
やばい。
この人、初めてだ。
簡単にかまわないなんて言ったから、絶対経験あるんだと思っていたのに。
「ふ、クぅっ・・・」
押し伏せられた体に、シンのものを咥えさせられ、苦しげな声を上げてそれに耐えている、ひと。
ああ、でも。
「アスランさん、力、抜いて」
「んっ・・・く」
震える背中に、唇を寄せて。
「良くして、あげますから。ほら、ね？」
「あっ、ふっ」
前を優しくこすってやれば、少しだけ甘さを含んだ声が上がる。
「アスラン、さん」
抱きしめた体。直に触れる肌。
愛しいと、ほんとの本気で思う人。
処理、なんかじゃなくて。
愛しみたいと、そう、苦しいほどに思うから。
ゆっくりと、自身をナカで動かす。上がる甘苦しい声。大丈夫、感じてる。
「アスランさん、だいすき・・・・」
初めて抱いた愛しい人は、たぶん、シンの言葉が通じてなくて。
それでも終いには、シンの腕の中で、甘い声を上げて達していた。
「お前、さ」
「はい」
何度も互いで達した体を、狭いベッドで寄せ合うようにして。
アスランへのキスを惜しまないシンに、どこかぼんやりとアスランは声をかける。
「ん・・・いや、いい」
「何ですか、気になりますよそんなふうに言われたら」
起き上がって、圧し掛かるようにしながら、さっきまで体勢的にできなかった、肩の裏側へとキスをする。
「いや、こんなに気持ちいいものだとは、思わなかったから」
「はぁ？」
「よっぽど相性がいいんだな。それともお前が上手いのかな」
細い指が伸びて、シンの唇に触れた。
「キスだけで、もう何でもいいやって思うくらい、気持ちよかった」
それに応えるように、唇に、キス。
「ああ、なんだろう。シアワセって、感じかな・・・」
夢見るように笑った人が、何故だかとても痛ましくて。
精一杯強く抱きしめて、何度も何度もキスをした。
気持ちいいと、言ってもらえたキス。
それを、繰り返しながら。
どうして、心に、直接キスができないんだろう。
そんなことを、シンは哀しく思った。
それからシンは、毎日アスランの部屋へ通った。
キスだけして帰ることもあったし、最後まですることもあったし、キスだけしながら泊まることもあった。
『お前がいると、薬がいらない』
そう言われると嬉しいし、シンの腕の中で快楽に喘ぐようになった体は、どうしようもなく愛しくて、抱いても抱いても抱き足りないし、でも抱かなくっても大事なことには変わりないし。
それに。
また、ひとりで泣いてないかと。
あんな悲痛な声で叫んでいないかと思うと、不安でたまらなくなるから。
でも、たぶん、アスランは相変わらずシンの言う「好き」をわかってくれていない。
わかって、ないのに、アスランは。
いつも、シンの求めるだけ、応えてくれる。
いつも、シンの欲しがるだけ、体を開いてくれる。
「ん・・・・」
無意識の動きだろう、離れた唇を惜しむように、追うように上がった顎を取って、また、口付けた。
アスランの体はすっかり力を失って、深くシーツに沈んでいる。
戦闘が激しいと、衝動も激しいものだから、大事にしたいと思いつつも今日はちょっとやりすぎた。
戦場ではどうしようもなく厳しくて有能で強い人が、ベッドではどうしようもなく従順で可愛い恋人になるのもいけないんだ。
そう責任転嫁しながら、さらさらとした髪に指を絡め、引き寄せて、深くして。好きなだけあたたかい口腔をむさぼった後、軽く舌を吸って、離した。
ぼうっとした瞳が眠そうで、毛布を被って抱き込むと擦り寄ってきて。でも、胸にかかる吐息は寝息じゃない。
こういうときは、アスランが眠るまで、ふたりでぽつぽつと話をする。
ふたりとも能弁な方ではないから、本当にぽつぽつなのだけれど。
そうして話をしながら、時折キスをしたり、指を絡めたりする。
その時間は、甘くて優しくて、でも、何故か少し苦しくて。
切ない気持ちを、シンの胸に募らせた。
「前に、大事なもの壊したって。親友を、殺そうとしたって」
「ああ」
シンの選ぶ話も悪いのだとは思う。でも、明るい話なんか、思いつかない。
「許して、もらえなかったんですか」
「いや、許すも何も、殺し合いで。軍人の俺のほうが手がひとつ多かった、それだけだったから」
「じゃあ、なんで？」
「・・・・・俺が」
そこまで言って、アスランは口をつぐんだ。
それから、手を伸ばして。
シンの頭を優しく撫でた。
子供扱いは嫌いだけれど、それはなんだか気持ちよくて。
自分を見るアスランの目が、あんまり優しくて悲しそうだから、シンは大人しく撫でられていることにした。
「お前は、違うよな」
あたたかい腕。柔かい声。なのに、シンはひどく苦しくて。
「壊したり、するなよ」
シンは、ただ、こくりと頷いた。
頷いて、力いっぱい抱きしめて、キスをした。
もう、どこか壊れてしまっている人を、精一杯守るように。
「アスランさんのお母さんって、どんな人だったんですか？」
この話は、悪くないと思った。でも。
「農学者だったんだ。だから、ユニウスセブンに一人で行っていて」
そして死んだのだと、アスランは言った。
「夢中になると、他に頭の回らなくなる人で、例えばキャベツにかかりきりになると、もうキャベツのことしか頭になくなってしまうんだ」
懐かしむ目を、して。
それからアスランは、「母」が夢中になった作物と、研究の内容を順に挙げた。
その人がどんな研究者だったか、シンにもよくわかったけれど。
どんな母親だったのかは、結局わからず仕舞いだった。
悲しくなったシンは、地雷かもと思いつつ、話を、変える。
「お父さん、は？」
アスランはためらい、口を開き、また、閉じて、視線を彷徨わせた。
「・・・ごめんなさい」
「いや、父は、たぶん、母を、とても愛していたんだと思う・・・・」
それは、家族なんだろうかとシンは思った。
何故だか、とても悲しい。
「寂しくなかったんですか」
「・・・・・・」
思わず聞くと、少し、長い沈黙があった。
「うん、でも、友達がいたから」
そう言った声は、話の中身に似合わず、奇妙に空虚だった。
「母親同士も友達で、ほとんど、そこの家の子みたいに育ったんだと思う」
言い方、おかしいなと思った。
なんでそんなに苦しそうに言うんだろうと思った。
思ったけれど、それ以上は言わなかった。
代わりに。
「お前の、家族の話をしてくれよ」
そう言われて、つたない言葉で、思い出を語った。
途中で涙が出て仕方がなくなると、アスランが背中を抱いて慰めてくれた。
「泣くなよ、シン」
優しい声が、優しい言葉を。優しくやさしく、・・・どこか切なげに、語る。
「幸せな思い出は、それだけで、生きていく力になるから。それがある限り、お前はきっと、何があっても生きていける」
シンは、泣きながら頷いた。
家族が死んでから、こんなに泣いたのは初めてだった。
「アスランさん、キス、好きですよね」
「・・・・ああ。そうだな」
たまに、キスだけで満足されてしまうのは、若いシンにはちょっぴり辛い。
それでも、好きだと言ってくれるから、柔かい唇にキスをして。
「・・・気持ちいい？」
そっと触れるキスだけで、アスランはうっとりと目を閉じて、綺麗に微笑って頷いてくれる。
こんなに気持ちよさそうにしてくれるなら、それもいいかと思う。
キスひとつで、好きな人にこんな顔してもらえるなら、こんないいことってない。
再びのキス。
それを受けながら、アスランは、思った。
これさえあれば、生きていける。
・・・・・？
前にも、そう思ったことがあった。
何時だったろう。
・・・・・・・・・
あの、さくら色。
その前の情景は思い出せない。
ただ、さくら色の景色の中で。
「これさえあれば、生きていける」と。
あたたかな、さくら色。
あたたかな、シンの唇。
ああ、そうか。
俺が、キラからもらったものは。
俺が、なくしてしまったものは、きっと。
これに似たものだったのだろう。
アスランは、キスを受けた唇に触れる。
そう。
これさえあれば、生きていけると。
生きていかなければいけないのではなく。
死ぬことが、許されないのでもなく。
「不思議だな」
それは、今までシンが聞いた中で、いちばん穏やかな、アスランの声だった。
「こうしていると、なくしたものが、戻ってきたような気がする・・・」
覗き込んだ瞳に、あの深い淵の影は、薄くて。
ほんの少し上がった口の端が、初めて見るように綺麗で。
シンは、嬉しくなってアスランにしがみ付いた。
幸せな、時間だった。